遠い昔から大阪の名所として知られた、わが町ニッポンバシ。
その新たな歩みは、戦後の復興から始まった。
電器の街として生まれ変わった日本橋は、半世紀の歴史を刻んできたことになる。
戦後日本の発展は、家電産業の発展とともにあった。
電器街には、戦後わが国の歴史が凝縮されているといえるだろう。
昭和四十九年、創立十周年を迎えた日本橋筋商店街振興組合は、その記念パンフレットのなかで、
この日本橋筋商店街を”総合ショッピングセンター街”と位置づけている。
現在も、インテリアやギフト、飲食店など、ユニークな他業種店はもちろん健在だが、
いまの日本橋筋は、自他共に認める電器の専門店街となった。
さらに、でんでんタウン協栄会は、日本橋筋の裏通りやなんさん通りへと、年々勢力を伸ばしている。
戦前、戦後に創業をみる老舗から、新進気鋭野新業態店までォ。ュ。
約二百店舗の電器店がひしめきあい、しのぎを削りながら、エキサイティングな商戦を繰り広げるわが日本橋。
きたるべき二十一世紀に向けて、この街はどのように変貌していくのだろうか。
さらなる発展のために、なにをするべきなのか。
平成七年七月七日、でんでんタウン協栄会の若手経営者(二世を含む)
”21プロジェクト委員および振興組合青年部”の有志が集い、
放談会を開催した。
折しも戦後五十年。
電器街の歴史にも、ひとまず句読点が打たれた年である。
次代の日本橋を担う彼らの、夢と期待が交差して、なごやかななかにも熱い時間が展開された。
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