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第三部
パーツ全盛の電器街形成と技術革新の波
焦土の戦後と高度成長期
(1946年〜1974年)
一章 大阪大空襲で壊滅した日本橋界隈
二章 部品卸で賑う
三章 日本人とラジオ
四章 ラジオブームから家電ブームへ
五章 部品卸から小売りへの転換
六章 日本橋に見る高度成長と大量 消費時代
七章 3C時代の到来とIG時代の幕開け
六章 日本橋筋界隈の復興と成長の軌跡

七章  3C時代の到来とIG時代の幕開け   

  新三種の神 器で新たな需要に沸く

 昭和三十九年から四十年にかけて、高度成長のゆがみから大企業の倒産、一部家電大手メーカーも経営を危ぶまれるなどの不況に見舞われた。しかし、公共投 資の増加、戦後初の国債の発行など政府の景気対策によって克服され、代わって景気は上向きとなった。この好況は昭和四十年十月から四十五年六月まで、実に 五十六カ月間という戦後最高記録の繁栄をもたらし、かつての”岩戸景気”をしのぐ、”いざなぎ景気”を実現した。

 新たな好況のなかで、家電業界もまた新たなブームを迎えていた。”3C時代”と呼ばれた昭和四十二年の第二次耐久消費財ブームである。これまでの”三種 の神器”に代わって登場した、カー(自動車)、クーラー(ルームクーラー)、カラーテレビのトリオは、高度成長時代の庶民の夢と目標となった。

 カラーテレビの開発と普及の経緯は前章で述べたが、カラーテレビの生産が白黒テレビのそれを追い抜いた昭和四十三年以降、一家に二台、三台と複数のテレ ビを持つ家庭も徐々に増えてきたことにともなって、テレビ業界ではホーム共聴が注目されるようになってきた。テレビの普及の要因としては、国民生活の向上 や、テレビの低価格化・小型化によるところが大きいが生活様式の変化や、テレビの役割が多様化してきたことも見逃せない。テレビは娯楽主体のものから、情 報生活のためのツールとして重要度を増してきたのであった。さらに都市型CATVの誕生や、UHF、VHF、混在放送など、現在の一部屋一台時代を予想さ せる材料は、すでにこの頃から整っていたのである。
エアコンコーナー
マツヤデンキ日三店のエアコ ンコーナー(昭和四十年のエアコン、洗濯機はこんなデザインだった) (マツヤデンキ三十年史)
新三種の神器
3C時代で登場した「新三種 の神器」カー、クーラー、カラーテレビ(ラオックス50年史)
 クーラーの国産化も古く、すでに昭和二十年代の終わりには量産化されている。しかし当時は、部屋の床の上にクーラーを 設置して「冷えない」と苦情をいわ れたという笑い話もあるほどに、使い方さえもよくわからないという有様であった。そのクーラーが、昭和四十三年になると品切れの機種も出るまでに成長して いた。

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 第一部 江戸時代から長町の宿場町


 第二部 大阪の文明開化 と大正そして昭和の戦禍

 第三部 パーツ全盛の電気街と技術革新の波


 第四部 日本橋の新しい顔「でんでんタウン協栄会」


座談会 「僕ら の時代の日本 橋」〜二十一世紀へ、新しい電器街の創造をめざして