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第三部
パーツ全盛の電器街形成と技術革新の波
焦土の戦後と高度成長期
(1946年〜1974年)
一章 大阪大空襲で壊滅した日本橋界隈
二章 部品卸で賑う
三章 日本人とラジオ
四章 ラジオブームから家電ブームへ
五章 部品卸から小売りへの転換
六章 日本橋に見る高度成長と大量 消費時代
七章 3C時代の到来とIG時代の幕開け
八 日本橋筋界隈の復興と成長の軌跡

二章  部品卸で賑う   

  戸板二枚か らの再出発

 戦争はすべてを破壊してしまったが、日本橋は戦後の復興も早かった。まず露店市が自然発生的に出来て、売れるものは何でも売っていた。とりわけ、現在の 五階百貨店のあたりには、戦前の五階商人たちがなけ無しの商品を持って戻ってきて、いち早く商売を再開した。といっても、店舗はかろうじてトタン屋根があ るだけの広場である。そこにそれぞれの商人が、戸板の上に雑多な商品を並べて売った。

 朝、店を出し、日が暮れたらしまう。広場は夜は戸板だけになった。店開き・店じまいのたびに、商人は手作りの手押し車に商品を乗せて運んだ。
現在の五階百貨店
現在の五階百貨店
 大勢の商人が手押し車を押しながら、信号のない電車通りを渡るのはひと苦労であった。信号がないといっても当時は、電 車通りでキャッチボ−ルができるほ ど交通量は少なかったのである。
 一店につき、戸板二枚が商いのスペ−ス。そこにはギッシリと商品が並べられており、その向こうに店主が座っていた。つまり戸板二枚と座布団一枚の店舗で ある。こういった店が百坪ほどの土地に、無数に並んでいる。雑然としていながらも、うまい具合に通路ができており、買い物客は隅から隅までグルリと見て回 れるようなしくみになっていた。
 その商品たるや、衣類、家庭用品、台所用品、大工道具、子どもの玩具、工具類、機械類、運動具から、鍋のふた、片方だけの靴、欠けた瀬戸物・・・食料品 以外なら、およそ考えられるものはなんでも揃っていた。これらはすべて中古品である。

 客は買うばかりではなく、家庭で不要な品があれば、これらの店に売りにきた。定価などあるはずもない、売買は必ず値切るという過程を経る。このきわめて 大阪的なかけひきが、ここでは習慣となっていた。
 戦前から大阪中に知られていた五階百貨店は、戦後の物資の供給地としてたちまち人々の噂にのぼるところとなる。とくに、建築用の工具類をはじめ、当時は 人手が困難だった鉄釘や、鋲蝶番等があり、建築会社や工務店の職人に人気があったという。いささか荒っぽい薄利多売の実利主義の伝統は、瞬く間によみが えった。商人も客もたくましい。


  ラジオ屋と アマチュア

 五階百貨店をはじめとする日本橋筋界隈の露店のなかには、ラジオや無線機、真空管などの中古部品を扱う店もあった。それが、実に繁盛しているのだ。
岡本商会の広告
戦後間もなく新ラジオ公論誌 に掲載した岡本商会の広告(岡本無線電機50年史)
 日本では、太平洋戦争が勃発した昭和十六年には軍事用以外の電気製品の生産はまったくストップしていた。終戦後、まず ラジオの生産が許可され、次いでア イロンや電気コンロなども生産されるようになったのだが、とにかく物不足で、これら完成品は二十二年頃まではほとんど出回っていない。完成品どころかパ− ツも新品はなかった。すべて中古品、それも国産は少なく進駐軍の放出品を解体したものである。日本橋で最初に扱われたのは、復員者が五階百貨店あたりに持 ち込んだ真空管など無線関係のパ−ツが中心だった。
 こういった中古のパ−ツを目当てに”アマチュア”と呼ばれる人たちが日本橋に集まり始めた。アマチュアといっても、単なる素人ではない。

 個人的にこれら部品を買い集めて完成品(主にラジオ)を組み立て、それを売ったりラジオ商に卸したりするセミプロのことであった。第二次世界大戦は”電 子戦争”とも呼ばれるように、電子工学が駆使されており、電子関係の任務を受け持つ兵隊が数多くいた。彼ら通信兵たちのなかには、復員後、その方面の専門 技術を生かしてアマチュアとなり、ラジオを組み立てて生計を立てる者も多くいたと考えられる。
 ではその間、メ−カ−はどうしていたのかといえば、まだ工場の設備が大戦の被害から立ち直っておらず、生産の見通が 立っていない時期であった。また進駐 軍の指示による生産も行わなければいけない統制時代であり、好きな商品をつくることはままならなかった。そこでアマチュアが大活躍したわけだ。

 終戦直後の電器店では、電球やソケット、電線コ−ド、アルミヒュ−ズなどが良く売れたが、変わった商品ではニクロム線を渦状に巻いた「電熱器」、木箱の 両端に銅板を張って電流を流して焼く「パン焼き器」などがある。電気には関係ないが、「簡易煙草巻き器」も良く売れた。
松下電器製トースター
終戦直後には、電熱器やパン 焼き器などがよく売れた。写 真は松下電器製トースター

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 第一部 江戸時代から長町の宿場町


 第二部 大阪の文明開化 と大正そして昭和の戦禍

 第三部 パーツ全盛の電気街と技術革新の波


 第四部 日本橋の新しい顔「でんでんタウン協栄会」


座談会 「僕ら の時代の日本橋」〜二十一世紀へ、新しい電器街の創造をめざして〜