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第三部
パーツ全盛の電器街形成と技術革新の波
焦土の戦後と高度成長期
(1946年〜1974年)
一章 大阪大空襲で壊滅した日本橋界隈
二章 部品卸で賑う
三章 日本人とラジオ
四章 ラジオブームから家電ブームへ
五章 部品卸から小売りへの転換
六章 日本橋に見る高度成長と大量 消費時代
七章 3C時代の到来とIG時代の幕開け
八 日本橋筋界隈の復興と成長の軌跡

一章  大阪大空襲で壊滅した日本橋界隈   

  戦後のイン フレと食糧難

 昭和二十年八月十五日、三年八ヶ月にわたる第二次世界大戦は終末を告げた。日本は戦いに破れ、米軍を主力とする連合国軍に占領された。わが国の電気業界 のほとんどの企業はこの時点で完全にストップし、占領軍の指令待ちになった。

 八月十七日に終戦処理内閣として東久邇内閣が誕生。三十日に連合国軍最高司令官マッカーサー元帥が厚木飛行場に到着。九月二日ミズリー号で降伏文書調印 式が行われ、8日に東京占領、二十五日には京阪神地域も占領された。大阪には、和歌山市近くの海岸に上陸した米軍先遣隊(第三三師団)が、装甲車を先頭に 軍用トラックを連ねて焼け野原の日本橋筋から堺筋を北上し、法円坂にあった第八連隊にはいった。同時に吹田操車場に列車で到着した部隊とともに市内各地域 に進駐した。
焼き尽くされた大阪市街
焼き尽くされた大阪市街、爆 弾の穴も見える(河出書房新社刊・図説大阪府の歴史)
 この時は、双方ともに異常な緊張につつまれ、軍用トラックの米兵は完全武装でカービン銃を沿道に向けて構えたていた。 また、堺に上陸した中国兵が略奪や 暴行のかぎりをつくしているといったデマも流布され、大阪市民のなかには家財道具を大八車に積んで生駒山に避難する人や、顔に墨を塗って男装する女性もい たという。しかし、日本側の抵抗らしい抵抗もなく、二日後に進駐した第六軍の米軍主力は銃を構えることもなく沿道の市民に手を振る姿もみられた。恐怖感の 拭えない大人に対して子どもたちは、早くもジープや軍用トラックに群がり米兵にチョコレートやチューインガムをねだる情景が出現した。

 この年の十一月一日に実施された国勢調査では、総人口7199万8104人、うち女性の人口は男性を420万人も上回っていた。
大阪入りした米軍
大阪入りした米軍。昭和20 年9月29日、湊町駅前(河出書房新社刊・図説大阪府の歴史)
 さらに十一月六日にはGHQ(連合国軍総司令部)が独占的組織解体(財閥解体)を発表。十二月十七日衆議院議員選挙法 改正公布(婦人参政など)。二十二 日労働組合法公布(団結権・団体交渉権など)。三十一日にはGHQは日本史、修身、地理の授業を停止…。

 このように日本は、政治・経済・教育・労働などのあらゆる方面において大転換した。国民の誰もが初めて体験する、あわただしい変貌である。混乱に陥った のも無理はない。

 敗戦によって経済の基礎は根本的に乱れ、国民生活は激しいインフレーションに見舞われた。21年2月には預金封鎖ならびに新円の切換えが行われたが、物 価の抑制効果はほとんどあらわれず、さらに深刻な食糧難が国民を襲った。

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 第一部 江戸時代から長町の宿場町


 第二部 大阪の文明開化 と大正そして昭和の戦禍

 第三部 パーツ全盛の電気街と技術革新の波


 第四部 日本橋の新しい顔「でんでんタウン協栄会」


座談会 「僕ら の時代の日本橋」〜二十一世紀へ、新しい電器街の創造をめざして〜